走る乙女達――夏の疾走編――

 

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

 

 蝉が景気良く鳴いている。

 蝉が鬱陶しいぐらいに鳴いている。

 蝉が僅か一週間程度の命を俺の手で散らせてくれと頼んでいると妄想してしまうぐらいに鳴いている。

「祐一。蝉が可哀想だよ」

 どうせ声に出して言っていたのだろうが、名雪の声で気が付くと蚊を叩くポーズで蝉を見つめていた。

「…………あついな」

「うん」

 とりあえず、話をごまかす夏の常套句を呟く。

 あつい。

 熱い。厚い。篤い…は栞か。

 とにかく暑い。

 そりゃ夏だから、暑いのは当然だろうけどこの暑さは何だ?

 今年は洒落でなく熱い。

 北海道ですら極暑とニュースで言っていた。

 気温なんぞ知りたくも無い。

 で、そんな極暑の中俺達は公園にいる。

「で、何で俺達ここにいるんだ?」

「それはね…」

 夏の日差しと青空に負けないぐらいの笑顔で名雪はのたまわってくれた。

 

「走るためだよ」

 

 

 きっかけは、たしか一昨日だったような気がする。

 夏休みに入ったのをいいことに相沢ハーレム(北川命名)のみんなが水瀬家の居間でくつろいでいた時ではなかろうか。

 新聞の集金が来て、秋子さんの代わりに代金を払いに行って、その後いつもの弁舌で新聞の拡販からプールのチケットをせしめたのがきっかけだったと思う。

 で、それからどうなったのかがいまいち良くわからない。

 相沢的18禁思考だと、このままプールに行ってみんなの水着が見れてうはうはという予定だったのだが、みんなチケットを握り締めて「走りましょう」ときたものだ。

 愚考するに、みんなお腹周りに視線を走らせたから体脂肪を気にしているのだろうけど、俺はみんな今でも十分スタイルがいいと思うのだけどどうよ?

 で、当然俺も付き合わされるわけでこうして暑い中公園に来ているというわけで…

「どうしたの?祐一?」

 名雪はブルマーだった。

 ぶるまぁ。たかがぶるまぁ、されどぶるまぁ。

 この消えつつある日本の風土に感謝しつつ名雪を見つめる。

「祐一…恥ずかしいよ…」

「ぽっ」と赤くなった名雪に18禁プラグ(野外)を立てようとした時に、

「ちょっとまったぁぁぁぁ!!!」

 と、なつかしのフレーズでやってくるのはやっぱり天野と真琴。真琴は間違いなく天野につられていっているだけだろう。

「……」

 おちついて考えてみよう。

 ここは公園だ。でもって俺達はこの暑い中走ろうという自殺行為をするために集まっているはずなのだが……

「シャツに半ズボン……わっはっはっはっ……」

 耐え切れずに笑い出す。これほど見事にはまったスタイルというのも見当たらない。

 これで、膝にばんそうこうが張ってあれば立派な悪ガキの出来上がりである。

 さしあたって、天野はそれに引きずられる友達というところか。

「あぅーっ」

「そんな酷なことはないでしょう」

 しまった、またいつもの癖が。

「まったく、何をやっているんだか」

「そうですよ。今日は走るんですよ。みんな」

 そういって現れた美坂姉妹は、

「あ〜〜〜〜っっ!!ずるぃ〜〜!!」

「水着なんて条約違反だぉー!」

「これのどこが?」

「そうです。暑い中を走るための知恵です」

 非難ごうごうの名雪たち三人に対して美坂姉妹は知らん顔。

 なんの条約だか聞きたくないが、それが俺がらみだという事は考えるまでもなくわかった。

 二人のスタイルはビキニの上にパレオ。どう見ても走るスタイルではない。

 しかし、美坂の悩殺フェロモンとは対照的に栞の無駄な努力が涙ぐましい。

 ぽん。

 栞の肩を叩いて忠告してあげる。

「…そのビキニパット、大きすぎるぞ」

「そういうことを言う人大嫌いですっ!!!」

 豪快な張り手でぶっ飛ばされて俺は地面に叩きつけられた。

「失礼な事を言ったら駄目ですよ。祐一さん」

「はちみつくまさん」

 起き上がった俺の視界に入ってきたのは、

「……シャツ一枚……」

「あはは〜ちがいますよ。祐一さん」

「はちみつくまさん」

 二人して大きなシャツをめくってブルマーを見せる仕草はチラリズムと露出が入ってとても艶かしい。

 と、いうか…本気で走るんだろうか。この人たち。

「うぐぅ〜〜〜!!

ぼくも悩殺セクシィなんだよ〜〜!!」

何かたわけた事をのたまわってこっちに突っ込んでくるのは商店街最速伝説の頭文字U(うぐぅ)。

羽根をぱたぱたはためかせてたいやきを咥えて突貫してくる姿は、お魚咥えたさざEさんといったとこだろうか。

まったく膨らんでいない胸が痛々しい(それはそれはでまたいいものがあるのだが)体操服の小学生(特に胸の「あゆ」がポイント)は鮮やかなジャンプと共に宙を舞い、Ju87並みの急降下を俺に対してかましてくるので、

「よっと」

 激突したくないのでよっと横に避けてみる。

「え、あ?うぐぅぅぅ!!!」

 豪快な土煙を上げて胴体着陸したうぐぅはほっとくとして…

「うぐぅぅ……祐一君いじわるだよぉ!!」

 あ、復活した。

「そうですよ。祐一さん」

 最後まで着替えていた秋子さんが、

「…………」

 全員固まる。

 俺は欲望と妄想のため。

 残りは嫉妬のため。

「名雪のお古しかなかったからきつくて…」

 ぴちぴちぶるまぁにぱっつんぱっつんの体操服というのは犯罪だと思うのですがどうよ?

 

 

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

 

 

「だぁぁぁぁ!!!うっとうしいわぁぁぁぁ!!!」

 蝉の声に切れながらも走りつづける俺と他八人。

「……」

 さすがにみんなは声も出ないぐらいへばっているのだろう。

 と、思って後ろを振り向いたら

「……」

 固まる。背中が涼しくなる。

 そう。彼女達は殺気すら背中にしょって俺の後ろで走っていた。

 何故だ?

 なぜ彼女達はそこまでして、この酷暑の中殺気すら漂わせて走っているんだ?

 その心の中にしまった(どうせ口に出しているんだろう)問いに答えてくれたのは通りすがりの人々の何気ない呟きだった。

「いいなぁ。若い娘達の走る姿ってのは?揺れるものがあるな」

 さんきゅう。見ず知らずの通りすがりのエロ親父殿。お年を召された奥方に抓られてながら俺に教えてくれて。

 それもそうだ。

 せっかくの苦行ならば役得でも……

「祐一さん。先頭を走ってくださいね」

「はい」

 それがいやならジャムですとその後続きそうな秋子さんの一言でスピードを落とすことすらできない。

 そうしている内に、彼女達の神経戦はそろそろ佳境に入ろうとしていた。

「栞さん。病み上がりなんですからそろそろお休みになられては?」

「そうよ!なんか息上がっているから休めば?」

「けっこうです!天野さんに真琴さん。それをいったら、あゆちゃんだって病み上がりです!」

「うぐぅ!ぼくは病み上がりじゃないよ!

八年間寝ていただけだもん!」

人、それを病み上がりと言わないだろうか?

「倉田先輩も川澄先輩もそろそろ休まれては?

紫外線がおきついのでは?」

「あはは〜佐祐理はあたまが悪いですから紫外線なんて気にしないんです」

「はちみつくまさん。佐祐理と同じ」

 魔法の力か魔物の加護かはしらないけどあの二人にスキンヘヤなんて言葉は必要ない。

「香里こそそんな格好で紫外線だいじょうぶ?」

「名雪みたいに寝ながら走っているわけじゃないから大丈夫よ」

「香里失礼だぉ〜」

 後ろが見れない事がこれほど幸せとは。

 つまり、景品俺の隣のアベック追走権をめぐって神経戦が行われているわけで。

 このままバトルロワイヤル形式で誰かが生き残るまで走るのだろうなぁと夏の青空に問いかけてみたりした。

 あれ?そういえば秋子さんは?

 

 

「わかいですねぇ〜みんな」

 へとへとになったみんなの為に途中でリタイアしてシップや飲み物を準備していたのを知ったのは、ついに誰もリタイヤせずに全員(俺も)仲良くグロッキーした後に知った事だったりする。

 

 

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

 

「だぁぁぁぁ!うるさいんじゃぁぁぁ!!」

残暑厳しい中、プールに行く日に水瀬家のリビングにはシップの臭いが充満していた。

あの暑い中、ペース無視のデットヒートをやっていれば足腰筋肉痛になるのは当然なわけで、相沢ハーレムの面々はシップを体に張りまくって横になっている。

まぁ、こんな夏もいいのではないかと思ってしまう相沢祐一18の夏。

少なくとも彼女達と走れること。それがどれだけ幸せなことか……

 

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

みんみんみんみんみ〜〜〜ん

 

「だぁぁぁぁ!うるさいんじゃぁぁぁ!!」

「祐一、うるさいよ〜」

「相沢君。我慢しなさい」

「そうです。心頭滅却すれば火もまた涼しです」

美汐、それどういういみ?」

「うぐぅ。よく分からないよ」

「あはは〜我慢すれば火の中でも熱くないということわざです」

「はちみつくまさん。がまんする」

「アイスの融ける暑ささんて人類の敵です!」

「あらあら…」

 

 ちなみに筋肉痛は二週間引かなかったことをここに記しておく。

 

 

 

あとがきみたいなもの

 

 ただひたすらハイスピードなだけのやつ。

 夏に作って今まで公開するのを忘れていたのはご愛嬌(笑)