風で舞う桜。

 厳かに響くアンゼルスの鐘の音。

 そして、あの人はこの桜の下で私に向かって微笑んだ。



 春になると桜がぱっと咲く。

 その頃、ノービスだった私はまだこの木が「桜」という事すら知らなかった。

 プロンテラ。私の目にはその多くの人で行き交う町並みは全てが新鮮で興味深かった。

 まーちゃんが露天を列ね、多くの冒険者達が仲間を募集する。

 ありとあらゆる情報が集まり、また発信されてゆくこの世界の首都に相応しい場所にその場所はあった。

 誰が呼んだのかは知らないけれど、「ワープポータル」を使える者達が集まって人々の旅立ちを支援する聖職者たちの広場。「ポタ広場」。

 私は何処かに旅発つ事もなくただそこで旅立つ人と送る聖者達を何気に眺めていただけだった。

「何か御用かしら?可愛い冒険者さん♪」

 後ろから声がして、振り向くとヤギの角みたいな帽子をかぶった聖者のお姉さんが微笑んでいた。

「え?よ、用ですかっ!?」

 うろたえる私、用などある訳がない。

 どうも、眺めていたら休んでいたこのお姉さんに用があると思われてしまったらしい。

「い、いえ。まだ冒険者になって初めての街だから色々面白くて……」

「そうなんだ。じゃあ、あなたにとってこの街は最初の一ページね」

 そう言って、彼女はアンゼルスを唱えた。


 風で舞う桜。

 厳かに響くアンゼルスの鐘の音。

 周りのみんなが私と彼女に注目する中、彼女は微笑んで私に告げた。


「ようこそ!プロンテラへ!」


 それが彼女と私の最初の出会いだった。




 一生懸命ポリンを叩き、街の近くで経験を積み、転職ができるまでのレベルになった。

 何に成るかは決めていた。

 アコライト。

 あの山羊の帽子をかぶったプリーストさんに憧れたから。

 たった一回だけ出会った人なのに、その記憶は鮮明で忘れられなかった。

 あの人みたいになりたいとおもった。

 ただ、彼女の事を知らなかった私はそれを後悔する事になるのだが。


 誰もが彼女の事を語ろうとしなかった。

 誰もが私に「彼女の事を忘れろ」と言った。

 彼女は何をしたのだろう?

 それすら教えてもらえなかった。


 私は、ただ、

 あの人に憧れていただけだったのに。

 あの人みたいになりたいと思っただけなのに。


 神様教えてください。

 あの人にあごがれるのは罪なのですか?




 長い修行の末、私はプリーストになった。

 あの人と同じ場所に立つ私をあの人はどう思うのだろうか。

 地位が上がる事によって、やっとあの人の事を知る事ができた。

 最初聞いたときに耳を疑った。そして激しく動揺した。

 信じたくなかった。

 彼女が……あの人が、

 教会が隠さなければならない最大のタブーだったなんて。


 バフォメットすら沈めた彼女が、

 そのバフォメットに恋して駆け落ちしたという事実は。


 桜を見ているとあの時を思いだす。

 今は、カプラサービスが世界各地を繋ぎ出してからポタ広場からは人は一人、また一人と去っていった。

 あの時の賑わいを知るのは、私と咲き誇る桜のみ。

 そんな事を思いながら、ただ花吹雪を眺めていた。


「何か御用かしら?可愛い冒険者さん♪」

 背後からの声を私は聞き逃す事はできなかった。

 忘れるはずがない。

 忘れられる事などできない!

 振り向く事はできない。

 振り向いたら、あの人と戦わないといけなくなる。

 私は教会から、あの人を討つ事を命じられたのだから。

 春風が舞い、太ももが見られないように押さえながら私は背後のあの人に話しかける。

「桜が綺麗ですね」

「綺麗に咲いたから見にきたのよ。

 そっか。フリーストになったんだ。おめでとう♪」


「アンゼルス」


 風で舞う桜。

 厳かに響くアンゼルスの鐘の音。



(見てください!私はあなたに憧れて、あなたと同じ道を進んだんですよ!!)



 言いたくて、言ってはいけない言葉が頭をよぎる。

 後ろを向いていてよかった。

 肩が震えるのを必死にこらえるけど嗚咽をかみ殺す事はできなかった。

「どうして……どうしてっ!私の前に現れたんですかっ!

 現れなかったら、綺麗な思い出のままでいてくれたらっ!……」

 振り向いてはいけない。

 あの人を見てはいけない。

 振り向いて見てしまったら、私はあの人と戦わないといけなくなるから。

 涙が止まらない。

 うつむいて泣きじゃくる私の背後からあの人はやさしくぎゅっと私を抱きしめた。


「あ……」


「貴方は、貴方の道を進みなさい。

 誰かに憧れるのは構わない。

 けど、いつかは貴方も一人で貴方の道を進まないといけないのよ」


 あの人の顔を背中に感じる。

 あの人の胸を背中に感じる。

 私の涙が抱きしめたあの人の白い手に当る。

 私はそのままただ子供のように泣きじゃくった。

 あの人が離れて姿を消してもあの人を見なかった。

 分かったから。

 あの人が、ずっと私の事を影から気にかけてくれた事を。


 あの人が、私に「さよなら」を言ってくれた事に。



「おねーちゃん、どうしたの?」

 気が付くと目の前に一人のノビたんがいた。

 きっと、初めてのプロンテラを満喫していて、泣いている私に出くわしたんだろう。

「泣いているの?悪いやつにやられたの?

 おねーちゃんを泣かせた悪いやつなんてわたしがやっつけてあげるわ!」

 子供らしい無邪気さで、安請け合いをしてみせるノビたん。

 その気持ちがとても嬉しくて、涙を拭きながらノビたんの前で微笑んでみせる。

「大丈夫。ちょっと懐かしい人にあっただけだから……

 貴方、この街は初めて?」

「うん♪すごくおっきな街だね〜」

「そうなんだ。じゃあ、あなたにとってこの街は最初の一ページね」

 そう言って、私はアンゼルスを唱えた。

 

 風で舞う桜。

 厳かに響くアンゼルスの鐘の音。

 私と彼女しかいないポタ広場の中、私は微笑んで彼女に告げた。


「ようこそ!プロンテラへ!」




あとがきみたいなもの

 元々は百合スレ投稿を考えていたものだけど、レスを読んでレベルが高いため挫折。

 百合萌えの奥の深さを知る。もっと精進しないと。