「できないんですかっ!

 貴方にはできないんですかっ!!

 貴方バードでしょう!

 ならばっ、何で貴方はその楽器を持っているっんですかっ!!!」


 衆人環視の中、目の前のアコきゅんに楽器を持って迫られて俺は何もいえなかった。


「花を!花をあげてちょうだい!」

「花嫁に祝福を!」

「幸せになりやがれ!このやろー!!」

 コモドで行われていた結婚式はいまや大きな祭りとなって、旅人や冒険者を巻き込んでにぎやかに行われていた。

 それを俺は隅の方で眺めていた。

 幸せそうな花嫁の顔。

 照れている花婿の顔。

「顔……か」

 いつだっただろうか?顔を無くしたのは。

 顔だけではない。髪も肉も無くし、骸骨だけになった俺は気づいてみたら時計搭で人間達を敵として射る事で暮らしていた。

 そのまま長い長い時を過ごしていた俺に変化が現れたのは……アラームのおかげだろう。

 気づいてみたら、俺だけじゃなく周りのやつもあいつの笑顔の為に戦っていた。

 たとえ、楽園が幻だとしても俺には、俺達にはアラームこそが楽園そのものだった。

 だから気づかなかったのかもしれない。

 時というのは永遠に続くものではないという事に。

 止まっていた時計搭の時間はアラームのおかげで動き出し、俺は新たな世界へと歩き出した。

 けど、そこで俺の時間はまだ止まっている。

 見るものが新しい、そして懐かしい。

 にも関わらず、俺は失った何かを取り戻せずにいる。

 歌を歌う。

 多くの人はその歌に酔ってくれる。

 だが、俺は満足できない。


「芸術家ねぇ。あんた」

 意外そうな顔で平然と言ってのけたのが、バフォメットの情人たるママプリ。

 酒場で見つかってそのまま彼女の酒宴に巻き込まれているが今回の神父役とか。大丈夫なのだろうか?この結婚式は??

「時計搭にいる時は世界が単純だった。

 ただ戦えばいい。

 最初はただ敵を排除するため。

 いつのまにか、アラームを守るため。

 だが、こっちにきてから途方にくれている。

 そうだな。砂漠の真ん中に立って、どっちにいけばいいのか途方にくれている感じだ」

 何が悔しいといえば、今の俺は悔しいという事を顔で表すことができない。

「ふぅ〜ん」

 さも楽しそうにこちらの苦悩を楽しんでいる。

「ねぇ?「ひと」ってなんだと思う?」

 ふとそんな事をのたまうママプリ。プリーストの衣装がほどよく崩れ、豊満な胸やスリットがちらちら見え、ガーターベルトが周りの男どもを発情させている。

「そんなもの……はるか昔に捨てちまって分からんよ」

「そうかしら?

 私に言わせたら、今の貴方ほど「ひと」っぽく見えてるけど?」

 きょとんとする俺に構わずに、話を続ける彼女。

「悩んで、迷って、失敗して、後悔して……

 そのくせ、笑って、泣いて、怒って、人生楽しんでいるじゃない♪」

「楽しんでる?」

 よほどおかしな声だったのだろう。けらけらと楽しそうにママプリは笑う。

「ええ。思い通りにならないからこそ、人生って楽しいのよ」

「……あんた。時々聖者っぽい事いうな」

「……じゃあ、今までどんな目で私を見てって聞くまでも無いか」

 くるりと周りを見るママプリ。聖女というより性女として席を立ったら男達が群がってくるのだろう。

 で、それを拒もうともしないあたりママプリのママプリたる所以か。

「あんた、人生楽しんでいるのか?」

「あたりまえじゃない♪

 貴方は人生楽しんでいるの?」

 その問いに答えられない俺がいた。


 気配が一つ。

 酒場からついてきている影がいる。

 その後、ママプリは席を立って男達と共に部屋に篭っていった。

 俺は、別に宿に止まるわけでも、眠るわけでもないのでなんとなくコモドの街中をうろうろしていた。

 敵か?

 かといって、襲われる覚えが無い。

 俺を襲うよりママプリを襲ったほうが、魔族に取ってはダメージはでかい。

「誰だ?」

 裏路地に入って、弓を引き絞ってそいつに声をかける。

 出てきたのは以外にもアコきゅんだった。

 当然初対面。人懐っこい顔しているがはてさて。

「あのっ、お話いいですかっ?」

 相手には殺気は無い。弓を下ろしてそいつを改めて眺める。

 人畜無害で虫も殺せないような容姿だが、目は腐っていない。

「こんな夜に男の二人で話す趣味はないが?」

「すぐ済みます。

 貴方の背後にある運命の糸のことです」

 聞きなれない言葉を聞いて思わずそいつに聞き返した。

「なんだそりゃ?」

「貴方がとらわれている運命についてです。

 貴方はその運命の重さに押しつぶされかけています。

 それを僕は助けたいんです」

 仮面ごしに胡散臭そうな視線をそのアコきゅんに向けると狼狽するアコきゅん。

「いらん。自分の人生だ。自分でなんとかする」

「なんとかなっていないじゃないですかっ!」

 即答でしかも痛いところをついてくるアコきゅん。

 つくづく顔が無くてよかった。

 きっと怒るか、図星の顔をしていただろう。

「いいですか。

 人は幸せになれるんです。

 すごく簡単な事をすることで」

「聞こうじゃないか。

 どうすればいい?」

 若干の怒気を含んだ声で質問した俺にそのアコきゅんはちょっと胸を張って言ってのけた。

「師匠の受け売りですけどね。

 人の中に入っていけばいいんですよ」


「汝、この者を花嫁とする事を誓うか?

 汝、この者を花婿にする事を誓うか?」

 ママプリの神聖な声が場を支配する。

「誓います」

 同時に聞こえる新郎新婦の声。

「神の祝福があらんことを……

 さぁっ!堅いことはここまでっ!お祭りを始めるわよっ♪」

 一斉に聞こえる歓呼の声。

 花火が上がる。音楽が鳴り、あちこちで宴が始まる。

 それを俺は遠くから見ていた。

 楽しそうな人の笑顔。

 幸せそうな花嫁。照れている花婿。

 聖女から性女よろしくフェロモンを振りまくママプリ。

 楽しそうに騒ぐみんな。

 その場に入れない俺はその祭りを眺めている。

「ん?」

 ちょっとした異変が起こったのはそんな時だった。

 宴会を仕切っていたママプリに裏方として動いていたカプラさんが何かを耳打ちする。

 一瞬だけどママプリの視線が曇る。

 何かをカプラさんに耳打ちしてさりげなく裏方に引っ込むママプリ。

 よく見ると、カプラさんや関係者らしい人が少しずつ裏方に引き上げてゆく。

 宴会は何事も無く続けられているが、何かがトラぶっている。

 俺は何も考えずに裏方に走った。

 何故走ったのかは俺も知らない。

「どうした?何があった?」

 いきなり仮面をつけたバードが裏方に入ってきて緊張するカプラさん達だが、その緊張をママプリが手を振って解除させる。

「ちょっとトラぶってね。式を盛り上げるために頼んでいたバードが洞窟内でモンスターに襲われているのよ」

「何で、カプラ転送サービスを使わなかったんだ!?」

「相手のバードに聞いてよ!

 とにかく、救出隊を編成するんだけど、場つなぎのバードを探して……」

 ママプリの不意の沈黙に周りのみんながその意味を把握する。

「頼むっ!メインのバードが来るまででいいっ!

 会場の場をつないでくれっ!」

 一人の騎士が俺にすがりつく。あとで聞いたら、結婚式をしていたカップルの所属しているギルドのマスターらしい。

 裏方から会場を覗く。

 今は、食べ物と飲み物でもっているが、たしかに場がだれてきている。

 やっと気づいた。

 二人の為に集まったみんなに最高の思い出をとママプリや裏方のみんなは一生懸命やっているのだ。

 みんなの視線が俺に集まる。

 何の縁も無い俺なのに誰もが俺を見ている。

 瞼が無いのが恨めしい。こういうときに目を閉じてしまいたいのに。

「できないんですかっ!」

 いきなりの声に皆が振り向くと昨日のアコきゅんがいた。

「できないんですかっ!

 貴方にはできないんですかっ!!

 貴方バードでしょう!

 ならばっ、何で貴方はその楽器を持っているっんですかっ!!!」

 まったくの第三者に言われた正論に誰もが言葉を失う。

 だが、俺は顔が無いことがこれほど悔しいと思った事はなかった。

「……そうだな」

 こんな時ニヒルに苦笑する事すらできやしない。

「たいしてレパートリーも無いぞ。さっさとバードを救出してこい」

 騎士とそいつの周りにいた連中が黙ってダンジョンに向かってゆく。

「はいはい。みんな注目〜〜〜♪

 飛び入りだけど、謎の仮面のバードさんが二人を祝福しに着たわよ〜〜♪

 二人のらぶらぶ幸せ光線をさらに強める仮面のバードさん!どうぞぉ!!」

 カプラさんからマイクを奪って即興のアドリブで俺を紹介してくれたママプリの声と共に裏方から楽器を持って会場に現れる。

 俺に足りないものが分かった。

 持っていた楽器をふと鳴らす。

 音楽は聞かせるためにある。

 聞かせる人がいない音楽など音楽じゃない。

 皆の視線が俺に集まる。

「二人のこれからの祝福を祈って……」

 ゆっくりと思うままに俺は音を紡ぎ出していった。


「なんとなく分かった気がする」

 宴の後、喜ぶアコきゅんに俺はぽつりとつぶやいた。

「一人で考えていた。

 人は、一人では幸せにはなれないんだとな」

「それを運命と人の世界ではいうんですよ。あちゃすけさん」

「……知っていたのか?」

「私は、ママプリさんの行き方を許容できません。

 けど、人として運命に押しつぶされそうになった貴方を見捨てることもできなかった。

 それだけです」

 そういってアコきゅんは笑った。

「甘いな」

 俺の皮肉交じりの苦笑にアコきゅんは胸を張って答えた。

「甘いですよ。あまあまです。

 きっと師匠に怒られて今夜の晩御飯は抜きです。

 けど、見ましたか?

 あの二人の幸せそうな顔。あのギルドの本当に喜んでいる姿。

 それが見たのならば、晩御飯なんて我慢できますよ」

「そうか。俺にまで結婚式の残りの肉やケーキをくれたんだが俺は食べれないしなぁ」

「うっ……買収しようとしても」

 豪快に腹の虫がどこかから聞こえる。骸骨の俺はそんなもの飼っていない。

「……もったいないからもらっておきます」

「そうしろ。がんばれよ。聖者さま

 俺以外にも迷った子羊達の運命を導いてやってくれ」

 そして俺達二人は顔を見合わせてたまらず笑い出した。


親愛なるアラームへ

 元気か?いつものように機械を壊していないか?

 おまえは運転する時に左右の確認が遅いからちゃんと確認するんだぞ。

 俺は時計塔の世界を出てから風の吹くままに旅をしている。

 世界って広いぞ。地底の中にある街で結婚式の宴会芸に呼ばれたり、通りすがりのアコきゅんに人生語られたりする。

 だが、そんなことをひっくるめて世界は広い。

 いつか、おまえが世界に出た時にお前の為に俺が世界をいろいろ見聞しておいてやるから安心して冒険者をやっつけてくれ。

 風邪をひくなよ。勉強は忘れるなよ。時計塔のみんなによろしくな。


 アチャスケ




あとがきみたいなもの

 アチャスケは時計塔スレから、アコきゅんは萌え小説スレ三巻14氏原案のアコきゅんとモンク師匠からです。