仕事をするとタバコが吸いたくなる。
 こんな星の綺麗な夜は特にだ。

「師匠ぉ〜。また仕事サボったでしょう!
 今日、教会の人が怒鳴り込んできましたよ!!」
 家に帰るなり、弟子たるアコきゅんがエプロン姿で説教を始める。
 いつもならたかが弟子と師匠面できるのだが、エプロン装備時の時だけは逆らわないようにしている。
 ……忘れるものか。塩と砂糖を意識して間違えたパンなんぞを食わされた教訓はしっかりDNAに生きている。
「いや、忘れた訳じゃない。
 ただ、教会での慈善活動なんて面倒くさいから頭から消去しただけなんだ」
「なお悪いじゃないですかぁぁぁぁぁ!!!」
 あ、声が一オクターブあがった。ちょいと危険信号。
「待て待て。今日は仕方なかったんだ」
「師匠の「仕方ない」ってのは一体何なんですか!?
 いつもいつもいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっも教会の善意で教会から食べ物を分けて貰っている僕の身にもなってくださいよぉ!!」
 あ、本気でやばい。涙目になっている。
「ちょいと、運命の糸をいじってきた。
 その後での慈善活動をするのは相手に悪いだろ」
「……」
 最近少しは運命の糸についての仕事をやりだしたこいつも今の言葉で冷静さを取り戻したらしい。
「どんな仕事だったんですか?」
 アコきゅんが尋ねてきたのでタバコを咥えてゆっくりと火をつけて答えた。
「前から言っているだろ。基本的に俺たちの仕事は運命の糸に手を加える。
 だからいいも悪いもない。
 それがまた救いにならないんだけどな」


「……ここで問題なのは、彼女達の方向性だ」
 同期のクルセはさして重要でない口調で平然と大問題を言う悪癖がある。
 おかげで、何度も騙され痛い目を見てきたからこそその陽気な口調に潜む違和感に気づいた。
「方向性?
 ものすごく分かりやすいと思うが?人と魔の共存だろ?
 俺達が海水浴をする羽目になったあの聖女様とどう違うんだ?」
「だからその聖女の二番煎じが出てきたという事の方が問題なんだ」
「なるほど」
 人という群は敵を作る事によりこの大地に共に住まう他者を蹴落としてきた。
 魔族を「狩り」、神を「滅ぼす」。
 大地は人間のものという暗黙のエゴイズムがここまで人間を強大にしたといえよう。
 だが、その血塗られた方向性を嫌う同族も確かにいる。
 最初は強者の哀れみからだろうが、本気で共存を望む輩は跡を絶たない。
 それに対して人が打った手は『魔族のペット化』だった。
 温厚で恭順的な魔族を手始めに調教した魔族をペットとして飼う事がブームとなり、誰もが人の優越と愛護心を満たし己の正当性を確認する事ができたこの政策は図に当たり、人は平然とさらに苛烈に魔物を狩り続けた。
 だが、その政策に騙されなかった輩も少なからず存在していた。
 最初は愛護の視野から、そして「ペット」と「狩る」魔族が同じ存在である事に気づいた者達。
 それが今回のターゲットだった。
「しかし、何でそんな輩を相手にしないといけないんだ?」
「人は核となる人間を中心に群れる傾向があるだろ。
 そうやって作られたギルドが今回砦の一つを奪った。
 それだけの力をつけてきたという事だ。これ以上力をつける前に潰す」
 もはや、魔族を狩る甘みに慣れてしまった王国はその政経システムを砦を有する彼らギルドに牛耳られて久しい。
 その砦に彼ら「魔族保護」を訴える勢力が踊り出たという事実は他のギルドに衝撃以上の何かを伴って伝わり、こうして俺が呼ばれる羽目になる。
「ああ、聞き忘れていた。
 そのギルドの名前はなんて言うんだ?」
 目の前のクルセは苦々しそうにその言葉を俺に向けて吐き捨てた。
「『緑の平和』だそうだ」

 日曜日のギルド戦はある意味で、王国国政を担う代表を決める選挙ではないのかと思うときがある。
 砦を持つギルドの発言力は王国政経に多大な影響力を及ぼす。
 だからこそ、その蜜の味を知る者達はその奪取の為、維持の為に手段を問わずにありとあらゆる手を出してくる。
「……おぅ、いるいる……連中本気だな……」
 砦を囲む外壁から砦を眺めると、ある一つの砦に向けて多くのギルドが進撃している。
 その砦には緑色の生地に平和の象徴たる鳩の絵が描かれている紋章が風に揺れていた。
 砦内部には同盟ギルドか傭兵だろうか、赤い旗のギルドが防衛準備をしている。
 今回、この地区の砦戦は「緑の平和」以外の所は停戦協定を結んでいる。外部からの砦攻撃にも各砦から兵力を抽出して防衛にあたる取り決めまでしているから、部外ギルドもターゲットを「緑の平和」一本に絞っているはずだ。
「始まったか……」
 時間と共に大魔法の爆音が轟き、「緑の平和」の砦だけで攻防戦がはじめられた。
 入り口あたりで始まった衝突は「緑の平和」側が防衛になれていない事もあり防衛線を突破され、今は内部通路が主戦場となっていた。
「さてと……そろそろ行くかな……」
 外壁から降り、攻撃側の本部となっている砦入り口に向かう。
「何者だ!」
 警戒していた騎士が剣の柄に手を当てて威嚇するが、クルセが持たせてくれた書類を見たとたんに騎士は頭を下げる。
「失礼しました」
「かまわねぇよ。成れている事だ。ギルマスに会いたいんだが?」
「……こちらです」
 案内される間、作戦本部内を軽く見るが戦況はあまり良くないというか悪い。
 負傷者が続出し、回復役のプリが必死に青ポーションを飲んで回復させるのに追いついていない。
「予想以上の抵抗で苦戦している」
 攻砦側のギルマスのプリーストはあっさりと苦戦を認めた。
「狭い回廊内に主戦場が移ってからは、敵は味方をも巻き込んでの大魔法連発をしかけてきやがった。
 多大な被害を受けたのに、向こうは大魔法を食らった傷など気にせずに追い討ちをかけて来やがる。
 何なんだ!?……まるであの……」
 流石に教会にいた人間だけに、その言葉を言うのを躊躇ったのだろう。俺の目は奴の唇が「狂信者」と動いたのを見逃さなかった。
「あんたの想像どおりだよ。
 だから、俺が来た」
「以前、噂に聞いた事がある。
 教会に取って邪魔な者を消す暗殺者がいるという話だったが……」
「消すのは人だけじゃないさ。
 俺が消すのは運命という可能性さ」


 砦の回廊での戦いは完全に攻守が逆転していた。
 組織だった攻勢をしかけていた攻め手が今は逆に後退しないように防衛線を張らないといけない。
 誰もが、当初の楽観的予想など忘れて今は必死になって自分の中から湧き上がる恐怖を抑えないといけない。
「なんでやつらは引かないんだっ!!!!」
 たまらずに、ハンターの一人が矢を放ちながら叫ぶ。
 防衛側は倒れても傷ついても後退しない。
 既に敵味方による血で回廊は黒赤く染められており、それでも防衛側は味方の大魔法で傷つきながら攻撃側に迫ってきた。
 大魔法が飛び交う中引かない防御側。
 それは攻撃側が大兵力で押しているのに主導権を完全に失っていた証明でもあった。
「退きな。こいつらは俺が相手をする」
 既に浮き腰の攻撃側を押しのけて俺は前線に出張った。
 周りの蒼白した顔達が、気弾の数を見て無傷の援軍と気づき歓喜の笑みを一斉に俺の方に見せる。
「ひゅう♪やるもんだ」
 軽く口笛を吹きながら、防御側を見据える。
 まだ起きて戦闘意欲があるのは、騎士二人のみ。
「いくらでも来い!!ここは我等の理想にかけて何人たりとも通さんっ!!」
 血塗られた剣を俺に向けて騎士が突進してくる。
 瞬間的に剣がゆっくりと俺の方におりてくるのを確認もせず、その剣の振り下ろすスピード以上に騎士の脇をすり抜ける。
「しまったっ!!残影使いかっ!」
「違うな。運命切りさ」
 振り向きざまの発勁を背中に一撃。それで騎士は起き上がってこなかった。
「おのれぇぇぇぇ!!」
 逆上した騎士が同じく切り付けて来ようとするが、もはや動きは見切るまでも無く疲れ・乱れ・恐れていた。
「あんたの運命、終わっているよ」
 そのまま指弾を騎士に叩き込む。
 それが合図となって、周りのハンターやアーチャー達が矢を騎士に刺し続けて彼もまたその動きを止めた。
「あとはあんたらの仕事だ。遠距離攻撃のマジ・ウィズの掃討は任せた」
 歓声が上がる。攻撃側の士気が回復し、次々と前衛職が奥に突貫してゆく。
 あの時あの二人の騎士を打ち倒すのが遅れていれば、回復した防御側増援によって回廊封鎖が続いて守りきられる可能性が高かった。
 だが、その危ういバランスを俺が崩した事により、攻撃側は数で押し切れる場所まで攻勢点を移動させる事ができた。
 それも運命なのだろう。
 砦中心部まで戦闘に巻き込まれたらしく煙と剣戟の響きが聞こえてきた。
 だが、俺の仕事はこれで終わりではない。

 戦というのは敗者には厳しい。
 ましてや、一時とはいえ砦を奪取したギルドがそのギルドを失ったとなると利害目的で協力していた輩は既に逃げ出し、残った輩も傷が深くて戦える状況にない。
 そんなギルド『緑の平和』はもはや失った砦を取り返すだけの意思も力も持ってはいなかった。
「まだです!まだ負けてはいません!!」
 ギルマスの女プリーストが必死に皆を鼓舞している。
「例え、ここで砦を失ったとしても砦を攻め落とした事実は消えません!
 いつか、私達の理想が主体になる日がきっと来ます!!」
「いや、来てもらったら困るんだよ」
 ギルマスを含め、『緑の平和』のメンバーが一斉に俺の方を見る。
「あんたらはよくやった。いや、やりすぎた。
 人と魔物の共存、その実現に向けて費やした意思は運命を確かに動かしているよ」
 誰もが武器を構えて俺を阻もうとするが、もはやまともに抵抗すら出来ない。
 一人、また一人と俺の拳によって崩れ落ちてゆく。
「だが、それは間違いなく人全体の運命に悪影響を及ぼすんだ。
 だから……あんたらの運命の糸、切らせてもらう」
 もはや立っているのはギルマス一人のみ。
 彼女は動かない。狂ったように笑うのみ。
「あははっ…私達は正しい!私達は間違っていない!!
 なのにどうして……世界は私達を排除するのっ!!」
 俺の阿修羅覇凰拳が彼女の腹を貫いた時も彼女の顔から狂った笑みが消える事は無かった。


 弟子たるアコきゅんは俺の話を聞き終わった後も何も言ってこなかった。
 最近はやつにも本格的な修行として仕事の内容を包み隠さずに話す事にしている。
「色々言いたい事があるだろうが、一つだけ言っておく」
「……なんですか?」
「かつて、はるかな昔に言われていた言葉だ。
 『テロで歴史は変わらない』。人を殺す事で人の営みは変わらないという為政者が考え出した究極の嘘だ。
 お前にも分かるだろう?
 テロどころか人を殺すだけでも運命というものは大きく変わる。
 それは運命の糸によって紡がれた世界が紡ぐ本人の死によって変化するからだ」
「……はい」
 だまってアコきゅんは聞いている。おそらくは今の話と自分の良心を秤にかけているのだろう。
「俺たちの仕事は今を見てはいけない。
 10年、いや100年先の運命の紡ぎを見て、その紡ぎを人に、人という種族全体にとってよい方向に導かないといけない」
「……そのために自分の行いを正当化するのですか?」
 こいつは本当に俺とよくにている。だから弟子にしたのだが。
 だからかつての俺が言った言葉に対して、受け継いだ言葉を返してやることにした。
「だからこそ自らが切り捨てた運命の糸を絶対に忘れるな。
 己が切ってしまった可能性だからこそ、その可能性最後の受け取り手である自分が責任を持て。
 そして、いつかその切った可能性がまた紡がれる時の為にその糸は絶対に離すんじゃないぞ。
 その時は、紡ぎ手として糸を結んでやれ」
 アコきゅんはしっかりと俺の言葉を受け取ったらしい。
 力強く、そして内なる決意を発露して「はい」と頷いたからだ。

 俺の血塗られた切れた糸もいつかはこいつに渡す日が来る。
 その時、こいつがその糸を結びなおすのか、さらに糸を切りつづけるのかは知らないがそれが俺の責任。
「それはそれとして……師匠?明日教会に行って小麦粉もらってきてくださいね。
 きちんと神父さんに今日のお詫びをしてくださいよ」
「なんで俺がそんなことしなきゃならんのだ?」
「自業自得ってやつです。明日の食事が塩水だけていいんならばそれも構いませんが?」
「悪かった。ごめんなさい。きっちり小麦粉もらってきますからだから明日はほかほかのパンが食べたいです」
「約束ですからね!
 じゃあ、テーブルについててください。今日の夕食は肉の青ハーブ蒸しですよ」
 そういってアコきゅんは台所に飛んでいってしまう。おおかた、俺の話が長かったから肉が冷めたか心配だったのだろう。

(あははっ…私達は正しい!私達は間違っていない!!
 なのにどうして……世界は私達を排除するのっ!!)

 最後まで笑っていた彼女の叫びが頭にリフレインする。
 ゆっくりと椅子に体を預けて紫煙を宙に漂わせた。
 ああ、君達は正しいのだろう。
 そして、人の存在そのものが間違っているのだろう。
 けど、間違っていようが生まれた以上は生き続けたいというのが命というものだ。
 たとえ、多種・神・魔族すら滅ぼしていずれは大地を血で汚しても。
 人は過ちに気づいて滅びるのか?それとも気づかずに人以外を滅ぼしてしまうのか?
 運命使い永久不滅の問題がこんなときに紫煙と一緒に出てしまう。
「俺は答えを出せなかった……あいつは出すのかな?」
「師匠?何か言いましたか?」
「いや、何も言ってないぞ。
 はやくめしもってこい」

 仕事をするとタバコが吸いたくなる。
 こんな星の綺麗な夜は特にだ。
 紫煙の煙に己の罪を乗せて、俺は贖罪をする。
 そして己の糸を次なる紡ぎ手に渡す為にまた己の手を血で汚す。


あとがきみたいなもの

「忘れた頃にシリーズ物を出すなよっ!!」
 はい。すいません。こればっかりは私のできそこないの脳に文句を思いっきり言ってくださいませ。(平謝り)
 ちなみに、このモンクとアコきゅんは3スレの14様からネタを頂戴し、勝手にシリーズ化しております。
 ママプリを含め私、人様のネタを勝手にシリーズ化しすぎです(滝汗)

 ちょこっとこっちでネタばらし。
  緑と平和を英語で言うと……
  同盟ギルドの紋章は「赤い旗」でした。
  まぁ、ジョークとして笑ってください。