大安売りの奇跡

第一話

 

「起きないから奇跡って言うんですよ」

 とは妹の栞の言葉だった。

 そんな時に美坂香里は残り少ない命を持て余していた妹を無視することで妹に返答していた。

 そんな妹の言葉が最近変わってきたのは、実際に奇跡――その栞の病気が直った――が起こり香里と一緒に学校に行くようになってからだった。

 まだまだ寒い朝、二人で校門に入ろうとすると奇跡を祈った彼が姿を現す。

「遅いぞ!名雪!」

「だってぇ、いちごジャムおいしいんだもん!」

 学校が近づいてくるともはや名物になりつつある朝の光景が見えてくる。

 香里のクラスメイトの相沢祐一と水瀬名雪だ。

 この時間にまだ校門に入っていないということはまた名雪が寝坊をしたか、いちごジャムに騙されたか、もしくは両方だろう。

(それにしても仲のいいことね)

 と香里が思っているぐらいだから、栞も当然感じているのだろう。おとなしそうな顔が少しこわばって見える。

 そんな栞が少しだけおもしろく、そんな事を考えられるこの現実に感謝しながら祐一達の騒動を見つめている。

 これだけならまぁ仲の良い幼なじみだけ(それでも十分恥ずかしいのだが)なのだが、誰が願った奇跡か知らないが、その後に続く光景も十分奇跡的な光景だった。

「待ちなさいよ!祐一!今日こそは今までの仕返しをするんだからね!!」

 そういって朝から怒鳴り声を挙げているのが水瀬家の居候こと沢渡真琴。

 最近、保母さんの仕事を始めたという話を名雪から聞いたと思った香里だったが、それなら真琴が行く方向が違う様な気がする。

「保母さんの仕事に行かなくていいのか!真琴!」

 案の定、祐一のつっこみに我に返って、

「あうー!おぼえてらっしゃい!!」

 と捨てぜりふを残してこの場を離脱する。

「祐一君まってよ〜!」

 と、真琴と入れ違いで祐一達に追いつくのが祐一の幼なじみその2の月宮あゆ。

 最近この学校に転入したらしいが、羽つきかばんがぴこぴこと揺れている。

「あゆっ!いつもの食い逃げの足はどうした!」

「うぐぅ・・・食い逃げなんかしていないもん・・・お財布が無かっただけなんだもん・・・」

 そこで落ち込みながらも否定をしていないのは彼女の彼女たるゆえんだろうか?

 そうこうしながら祐一達は上級生の待ち人二人と合流する。

「あはは〜おはようございます。祐一さん」

「…おはよう、祐一」

 待っていた倉田佐祐理と川澄舞はごく自然に祐一達のグループに合流する。

「おはよう。舞に佐祐理さんもしかして待っていてくれたんですか?」

「ええ、もしかしてご迷惑でしたか?祐一さん?」

「いえ、とんでもない」

 当然の事ながら、こういう返事をして気にしないほど名雪やあゆも鈍感ではないと思う。

 だが、それが表に出ないのは同じ家に住んでいるからなのか、それとも祐一との絆を信じているのか・・・

 と香里は一人心で呟き、相変わらず堅い顔をしている妹に尋ねる。

「どうする?相沢君達を待つ?」

 傷つけない様、冷静に尋ねた質問に栞も冷静に答えた。

「寒いですから先に入ってしまいましょう」

「そうね。いきましょう」

 だが、香里は学校に入ろうと振り向いた栞が最近呟くようになった言葉を聞き逃さなかった。

 

「・・・起きるから陳腐って言うんですよ・・・」

 

 もう一度香里は祐一達に振り向くが、学校に入って行く栞は後ろを振り向こうともしなかったため、栞の言葉を何も聞かなかった事にした。

 

 

「おーい・・・・・・」

 そして北川は香里達にも祐一達にも相手にされずにいじけていた。

 

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