大安売りの奇跡

第二話

 (前書き)

 奇跡により元気になった美坂栞だが、その奇跡は栞だけでなく祐一に関わる全員に奇跡が起きていた。

 その結果、激烈な祐一の奪い合いという喜劇が待ち受けていた。

「・・・起きるから陳腐って言うんですよ・・・」

 栞はそう言い残してその喜劇を見つめるだけで、祐一と栞を見ながら香里は何も言えず栞の後を追うことしかできなかった。

 そして、北川はほんの少ししか出られずにいじけていた・・・

 

 

 昼休みが近づくと一部の少女達は少しずつ落ち着かなくなる。

 「誰が祐一とお昼を食べるか?」という意地とプライドを賭けた戦いが始まるからだ。

 名雪は手作りの弁当を作ってきたのだろう。ものの見事に眠っている。

 この間、祐一や名雪・北川達と一緒に佐祐理達のところに行ったらその量と質に驚いて名雪が敵意をむき出しにしているのを香里は知っている。

 そして、栞も祐一に食べてもらおうと一生懸命に料理の勉強をしているのを香里は知っている。

 当然ながら、香里はそんな栞の努力を祐一に伝えている。

 そのせいか、最近の祐一はだんだん昼休みが近づくと憂鬱になってくる。

 香里はかわいそうと思うが半分、自業自得という皮肉が半分で祐一を見つめる。

 そして、昼休みを知らせる鐘が鳴る。

 その鐘を聞くと同時に名雪が飛び起き・・・れるのなら毎朝遅刻ぎりぎりで駆け込む事などするわけが無く、めでたく惰眠を貪っている。

「むにゃむにゃ・・・ゆういち・・・いちごサンデー・・・おいしいよ・・・」

 寝顔はとても幸せそうだった。

「無様ね・・・」

 と思わずつっこんでしまう香里だが、逃げようとした祐一も教室から出ようとしてがっくりと肩をうなだれる。

 そこには祐一と一緒に食べようとして待ちかまえていた栞とあゆが営業スマイルで、舞だけはいつもの無表情で待ちかまえいた。

「名雪を起こすわね。いい?」

 香里の冷静な言葉に祐一は、

「ああ・・・」

 としか答えられなかった。

 

 屋上に通じる階段は気付いてみたら大所帯に膨れ上がっていた。

 参加メンバーを見れば、主賓の祐一とここの主である佐祐理に舞、そして手作り弁当持参の名雪にあゆと栞、栞の付き添いの香里と何故かついてきている北川の8人。

「相沢、一言言わせてくれ、すごくうらやましいぞ・・・」

「変わってやろうか?北川?」

 そう言った祐一の目は笑っていなかった。

「あ・・・いや・・・いいわ・・・」

 確かに美女に囲まれての食事は男のロマンだろう。

 だが、さりげない牽制と嫉妬と見栄がぶつかる食事というのは、どんなに料理がおいしくても決して楽しくは無いということを知らないほど北川は愚かではなかった。

 それでもなおこの場が維持されているのは佐祐理の笑顔と北川の社交能力と香里のつっこみによる功績が大きい。

 もっとも、祐一達のこの関係があまりにも学校中に広がりすぎて食堂に顔が出せなくなったのも大きいのだが。

 考えてみたら、「幼なじみとほぼ同棲に近い生活」(こんな事になったのは名雪に説明をさせたからだ)に、「学校一の不良娘」(そもそも舞に説明させることはあきらめている)に、「あの倉田佐祐理」(舞の一件で彼女の名前も広がっていた)に、「奇跡の生還娘×2」(栞とあゆの不治の病からの生還はほおっておいてもニュースになった)に、「喧嘩ライバル保母さん」(多分真琴のことだろう)が祐一を巡って争っているというニュースは、北川の「何でおまえがもてるんだぁ!!」を始めとした男子生徒の羨望と嫉妬と女子生徒の無責任な話題の的となった。

 これを奇跡というか受難というかは会えて祐一は口にしていない。

 まぁ、この雰囲気を何も考えていないだろう佐祐理と舞に、露骨に意識しまくりの名雪とあゆにいじけまくっている栞をみるにつけて時々自分を呪いたくなるのは事実だったのだが・・・

 おもしろいもので、誰のお弁当に一番初めに箸をつけるかでその後の少女達の機嫌が上下するから慎重にならざるを得ない。

 あゆの場合はその愛くるしい顔いっぱいに涙を浮かべて「うぐぅ」なんて言うから罪悪感がずきずきと痛む。

 名雪は名雪でしっかり覚えているから放課後にいちごサンデーで機嫌を直さないといけずかえって昼食が高く着く。

 栞は栞で「いいんですよ・・・私なんて・・・」と階段の隅でいじけ、それを端で見ていた香里の冷たい視線から祐一を突き刺すから始末が悪い。

 といって、佐祐理の弁当を箸でつかんで「食べろ」と無表情で迫ってくる舞を拒む勇気なんぞ持ち合わせては居ない。

 長考の末、少女達の視線を浴びつつ意を決した祐一の箸がおかずの卵焼きを取った。

「相沢君。何故私なのかしら?」

「何も言わないでくれ・・・香里・・・」

真顔で冷静につっこんでくる香里の視線がとても痛かった。

 

「このウィンナーおいしいですね。佐祐理さん」

「あはは〜そうですか?どんどん食べてください」

 そして、場の空気を無視して話をすすめている北川と佐祐理がとてもうらやましかった。

 

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