「あ、これ?」
給仕の女性は君が見ている前でこともなげに張り紙をはがすと、
カウンターに広げて微笑んだ。
「このあたりでTRPGコンベンションをやってるんだって。
で、宣伝に貼らせてくれって」
松山市民会館……。
「ここの第三会議室、っていう部屋でやるそうよ。
参加は自由らしいから、興味あったら行ってみたらいいんじゃないかな?」
次回 11月24日か。
「開場は9時、で、9時半開会らしいよ。
行くなら遅れないようにね」
そういえば、何か要る物とか準備とか、あるのだろうか。
「特別なものは何もないって言ってたわ。
会場使用料の500円と、
お昼ご飯代……といっても途中で買いに出るんだけどね。
あと、筆記用具に、あればサイコロ。
サイコロはなければGMさんが貸してくれるはずよ」
サイコロなんて普通そんな持ってないもんな。
「普通の六面のやつだって、持ってても2個よね」
なんだその具体的な数は。
あと、「普通の」ってのはどういう意味だ?
「正月に家族ですごろくや丁半ばくち、麻雀なんかをやるのに使うでしょ?
で、TRPGには10面とか20面とか、ちょっと普段使わないサイコロを使う者もあるのよ」
最近すごろくをやった覚えはないが、麻雀はともかくばくちはやらんだろう。
それはそれとして、確かに10面とか20面なんて持ってないな……。
借りられるなら行ってもいいかなぁ。
「空調は寒く感じる人を優先して調整するらしいわ。
でも完璧とはいかないから、体調に合わせて準備してきてね」
逆に、暑くなったときに調整しやすいようにする必要もあるな。
「まあ他の季節より穏やかなはずだけど、気をつけるに越したことはないわ。
『備えあればうれしいな』よ!」
自信たっぷりのところ悪いが、多分、『憂いなし』だ。
それはともかく、体感温度というやつは、ホント人それぞれだからな……。
「そうね。
冷え性の女性は、膝かけがあると心強いわね」
目の前の女性は冷えとは縁がなさそうだが。
「いいじゃない、そのほうが! あたしは暑いのは嫌いなのっ!」
逆ギレだ。
「でも注意点が2つ……ううん、3つかな?」
指を折りながら、数える彼女。
「まずは、駐車場がないので、公共の交通機関を使ってほしい、ってこと」
周辺に100円パーキングはあるらしいが、空いているかどうかの保証はない。
「それから、寝不足はNGよ。
お肌にも悪いしね?」
どっちかいうと、寝過ごし防止だな。
ともあれ、眠いと頭が回らないし。
前日は早く寝たほうがいいだろう……。
「最後に、助け合いの心、かな」
歳末?
「歳末は逆に余裕がないと思うのは私だけかしら……。
まぁそれはともかく、
TRPGって、基本的にはチームプレイじゃない?
助け合わなければどうにもならないわ」
確かに、プレイヤーキャラクター同士が仲間を見てなければ、
乗り越えられる試練も乗り越えられなくなるよな。
「それもそうなんだけど、この場合の『チーム』はちょっと意味が違うわ」
そう言うと、なぜか得意げな笑みを浮かべる。
「GMとプレイヤー、みんなで一緒に半日かけて一つの物語を作るのよ?
これはもう、一つのチームと言っても言い過ぎではないでしょ?」
まぁ、確かに。
「GMはプレイヤーをいじめに来る敵ではないし、
プレイヤーはGMを打ち倒す正義の味方でも、ない。
ゲーム内では敵対するけど、それは、ゲームを楽しむための前提だからよね。
キャラクターとボスは対立しないといけないけど、
プレイヤーとGMは協力して、その対決を楽しむために来てるのよね?
……なんかややこしく言っちゃったかしら」
う、ううむ、言わんとすることは、わかる。
と思う。
「上手く言えなくてごめんね?
で、続けるけど、GMはシナリオのハッピーエンドに導きたいわけだし、
プレイヤーだってハッピーエンドがいいと思うのよ。
だったらそれに向かって協力し合わないといけないと思うの」
それはわかる。
でも、具体的にどうしたらいいんだ?
「自分で考えろ、なんて言わないわ。 考えるまでもないもの」
そう言って明るくほほ笑むと、話を続けた。
「要は、真剣に遊べばいいのよ。
いい話にしたい、キャラクターに幸せなエンドをあげたい、世界を救いたい……。
みんながそれを忘れずにいれば、協力せざるを得なくなるもの」
そんな単純でいいのか?
「逆を考えてみればすぐわかるわよ。
どうなってもいい、どうでもいい、と思って卓に着けば、
本人も楽しくないし、周りも楽しめないもの。
そういう気持ちって、なぜだかすぐに伝わるものよ」
仕事でもスポーツでも、確かにそういう経験はあるな。
でも、明確な答えがあるとは限らないTRPGなら、
望む結末も人それぞれじゃないだろうか。
「そうねぇ。
例えば大陸一つと愛する人の命が天秤にかかったシナリオがあったしましょう。
どっちかをとればどっちかが失われる。
あなたなら、どうしたい?」
……愛する人を守りたいけど、それで沢山の人が死ぬのは、やっぱり後味悪いな。
「逆に一人の犠牲ですむなら、と考えるキャラクターも出てくると思うの。
それはそれで正しいと思うし。
でもどっちを選んでも後味が悪いわ。
さて、これは悪いシナリオかしら?」
救済策がなければ、悪いシナリオと言えるんじゃないだろうか?
「そう、それよ!」
彼女はやけに嬉しそうに手を叩いた。
「敵は極悪人だとしても、GMは悪人ではないわ。
なら、どこかに救済策があるはずだわ。
ではどこにあると思う?」
そりゃまあ、そのシナリオの途中、NPCなりアイテムなりに。
「そう、そうよね!
真剣にのめりこんで遊んでいれば、絶対にそのGMのヒントに気づけるはずよ。
そうすれば、より望ましい結果にたどり着けるはずでしょ?」
でも、本気で葛藤メインのシナリオ、ってこともあるんじゃないか?
「それならそれで、シナリオ紹介時に説明があると思うし、
無ければそのGMは不親切だった、ということになるわね」
不親切、で終わらせてもらっちゃ困るよ、プレイヤーとしては。
「そう、それよ!」
また何が嬉しいのか、元気よく手を叩いた。
「『救済策を見落とさないために真剣に遊ぶ』のはプレイヤーの、
『救済策を用意する』『シナリオ紹介時に説明をする』のはGMの、
そのゲームをより楽しむための協力の形なのよ」
話は最終コーナーを回りきって、最後の直線に乗ったようだ。
「全員が楽しんで、笑顔でエンディングを迎えるためには、
プレイヤーもGMも、そのために何ができるかを真剣に考えて、実行すればいいの」
なるほど、それが協力であり、助け合いの心なわけか。
「そういうことよ♪」
そういって彼女は、人懐っこく微笑んで片目をつぶってみせた。
「……まぁ、そのためには時間内に終わるというのが大前提なんだけどね」
少し疲れた表情で、彼女は厨房の奥を覗くような遠い目をした。
誰のことだろう。